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たまにははっきりと もの言いましょうよ


by colum-dakara

だからどうした その(24) 教育基本法の1

 学齢は5~6歳から。これは世界的に見てもほぼ共通であり、脳の発育と教育効果との相関を人は経験的に知っていたことがわかる。明治期以後戦前まで、教育は受けなければならない義務であった。国家(権力機関)がその目的遂行のための道具として、国民を使いやすく、ひとくくりにしやすくする国策であった。学校が、方言を廃し標準語を普及させたのもそのためである。目的とは、一言で言えば「一等国」にならねばならぬということである。そして、一等国の第一の資格は軍隊であった。
 敗戦で、少なくとも形式としては180°転換し、教育は国民の権利になった。これを戦後民主教育というが、教育基本法の公布・施行1947(昭和22)からわずか3年後の1950(昭和25)の朝鮮戦争勃発を契機に今現在につながる変質を始めるのである。「戦後民主教育」なるものが最近まで継続し、それが原因で教育が荒廃したかのような論評はまさに欺瞞である。戦後民主教育を変質させる歴史の中に現状の荒廃がある。
 2006,11/14・NHKのクローズアップ現代においても、教育基本法の改定(問題)の要が「愛国心」にあるかのような扱いであった。実は、そんなことは枝葉なのであって「国民のための教育」から「国家のための教育」に再度180°転換させようとしていることが問題なのである。NHKに限らずマスコミの愛国心云々の喧伝は、問題を矮小化させる機能しか果たしていない。国は上意下達の教育行政システムを「法的に」完成させようとしているのであり、ココがうまくいけば次は憲法なんだ。なに?「上意下達」は元々そうだったって。それが実は「変質の歴史」の成果なんだよ。
 愛国心の評価も問題ではあるが、それよりもコトの本質を突いているのは、奈良県あろう。すでに先行して、不登校(怠学)さえも警察による補導対象になる様相である。学校に行くことはすでに国民の義務になりつつあり、教育基本法の改定はそれを完成させる。えっ!子どもが学校に行くのは義務だと思っていたって? いや、そういう人も増えてるだろうね…。
 そして最近、戦後生まれだから戦争のことなんか知らねェ という「若手」政治家の考える「一等国」の資格は核武装らしい。対人地雷やクラスター爆弾も装備していたというから当然かな。(クラスター廃棄のニュースはまだない)

 アレコレソレが乱れていく中で、誰が・何が悪いかと魔女狩りをするとすれば、もちろんそれは国民一般・選挙民以外に持っていきどころはない。憲法も教育基本法も誰それに(アメリカに)押し付けられたのかどうなのか、という論議よりも、実は国民が自らの意志で勝ち得たものではなかったことに気付いた方がいい。だから、全国民的に守る努力をしなかったし、今は単なる一ニュースに過ぎないのだ。親方日の丸を頼みにし続けたオレたちがアホなんだと自己嫌悪するほうが健全のような気がするね。
 それでどうなるんだ、なんてオレの知ったこっちゃない。

2006年11月 YM 
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by colum-dakara | 2006-11-29 11:46 | コラム "だからどうした"